今回お話を伺ったのは留学生のBinaさん。

一橋大学法学部を経て、一橋大学国際・公共政策大学院(以下IPP)のグローバルガバナンスコースに進学され、現在IPP在学1年目に当たります。

ご家族の都合で幼少期をイランや日本、オーストラリアなど様々な地域で過ごし、大学進学を機に再び来日したBinaさん。

Vol.1からVol.3に分けてお届けする今回のインタビュー、Vol.1では国際経験豊富なBinaさんの生い立ちや現在の音楽活動、Vol.2では日本と世界の文化や仕事観の違い、Vol.3では国際政治のお話を伺いました。(取材は7月に行っております)

 この記事ではVol.1をお届けします!

国際関係を学びに日本留学

槇尾)まず一橋大学に入学するまでのことを伺いたいと思います。子供のころのお話から伺ってもいいですか。

Bina)小さい頃は活発でした。そして転校を繰り返していました。私の出身はクルディスタンというところで、クルド人が住んでいるところです。クルド人は世界最大の国家なし民族と言われていて、中東のイラン、イラク、トルコ、シリアに分かれています。自分はイランに住んでいたので、国籍でいうと、出身はイランです。

最初日本に来たのも幼稚園児の時の転校でした。父親が日本に留学したので、小学校3年生までの4年間を日本で、普通の子供と同じように過ごしていました。完全に日本語も話していたんですけど、そのあとイランに戻りました。そこから1年ごとに、イラン→オーストラリア→イラン→日本→イランと転校を繰り返しました。イランに帰った時も簡単ではなく、イランではクルド人は母語のクルド語で教育を受ける権利がなく、ペルシャ語で教育を受ければいけない状況でした。そのため母国なのに知らない言葉で勉強するといったこともありました。

槇尾)国をまたいで転校を繰り返した少年時代だったのですね。そんな中で留学をしようとしたのはなぜですか。

Bina)小さい頃から留学をしたいと考えていました。イランの若者には、イランの経済状況や社会的自由の制限から、留学を通して外に出たいと考える人は多いです。これが1つの理由です。他には、国際関係に興味があったことや、いろいろな国で勉強や仕事をしてみたかったというのもあります。

槇尾)それでもともと馴染みのあった日本を選択したということですね。一橋に入学したのはなぜでしょうか。

Bina)一橋は法学部に国際関係コースがあり、国際関係を学びたい私にマッチしたことと、東京にあったこと、そしてキャンパスが気に入ったことが理由です。

槇尾)その国際関係というのが現在のIPPへの進学に繋がっているのですね。現在の話に移るのですが、IPPそのもののことや、そこで学ばれていることを伺いたいです。

Bina)私がいるのは、IPPのグローバルガバナンスという国際関係を学ぶコースです。さらにここでは専門職学位過程コースというものがあり、修士論文中心ではなく、単位ベースの勉強やディスカッション、インターンがあるコースにいます。

そして研究しているのは、国際関係における未承認国家の問題です。例えば台湾やウクライナのクリミア地方、パレスチナがあります。この研究を始めたのは、私がクルディスタン出身なので、クルド人の独立問題に対して自分の研究を繋げたかったからです。そこで、他の未承認国家は国際関係の中でどういう問題や背景があるのかを研究しています。

槇尾)なるほど自分のルーツとも関係のある部分で研究を進めているのですね。お話いただきありがとうございます。

ラッパーとして配信やライブを行う日々

槇尾)それでは現在の学業以外の活動についてお話いただきたいです。趣味は何かありますか。

Bina)一番自分の興味でやってきたこととしては、音楽を作ることです。きっかけは中学高校あたりからアメリカのヒップホップを好きになったことです。聞いているうちに自分でも音楽を書きたいと思うようになり、他のプロデューサーから作ってもらったトラックに、英語での作詞をするようになりました。イランの高校にいるときに、YouTubeにはじめて配信をしたこともあります。そして日本に来た後も楽しい趣味としてやっていくうちに、徐々にスタジオでレコーディングをしたり、SpotifyやApple Musicで配信をしたりすることができるようになりました。

あと、日本に留学した理由の一つに自分の音楽をパフォームする機会を創りたかったというのもあります。イランでは、ラップという音楽はアンダーグラウンドとして盛んで、人気もあるんですけど、政府から正式に認められてはいない側面があります。たまにラッパーで捕まってしまう人もいるので安全とは言えず、留学することで若いうちに人前でパフォーマンスをしてみたかったです。

槇尾)このお写真はその目標がかなった場面ですよね。

Bina)はい。これは六本木にあるクラブで、CHEHONという日本のレゲエ界では有名な方がライブをするオープニングアクトとしてパフォーマンスをした時の写真です。

槇尾)めちゃめちゃかっこいいです!笑 こちらのお写真も別のイベントのものですかね?

Bina)ありがとうございます!こっちは蒲田のグローバルイベントが行われるバーで、そこで2,3カ月に1回行われるイベントに参加した時の写真です。Spotifyなどでの配信活動を3年ほど続けたことで、そのうち日本のイベントなどを開催している人とのコネクションができて、こういう風にイベントとかに出ることが増えました。

他には、今住んでいる小平寮のパーティーでDJを呼んでラップパフォーマンスをすることもありますね。

 *上の写真は10月にBinaさんが担当した小平寮の秋のウェルカムパーティーの一幕。テーマは「バービーBarbie」だったそうです!

将来は世界を渡り歩く仕事に

槇尾)ここからは大学卒業後のことについて伺おうと思います。日本での就職を考えていますか?

Bina)日本とは限らないですね。若いうちは1,2年ごとにいろいろな場所に移れる仕事をしたいと考えているので、日本だけでなく様々な国を見て決めたいです。そして仕事内容でも、勉強している国際関係に関われる仕事をしたいので、国際組織であったり、国際NPOであったりが今は一番魅力的だと思っています。

就活スタイルでも日本の会社を見るスタイルというよりは、海外の仕事内容を見るスタイルを取って、仕事を決めたいです。

(日本と海外の就活スタイルの違いについてはVol.2に詳しく記載しています!!)

働き方の面でも、ワークライフバランスを大切にしたくて、会社が自分の人生の第一優先で残業もいとわないということが全てだとは思っていません。また実際働いてみないと本当のことはわからないという点では、転職も抵抗ないですね。

槇尾)貴重なお話ありがとうございます。音楽活動もこれからも続けられますか?

Bina)活動はこれからも続けます。それだけで生きていけるというものでもないので、仕事にはしないと思いますが、これからも自分の好きなこととして続けたいです。もちろん様々な機会を頂ければ挑戦したいですし、活動はこれからもやりたいですね。

槇尾)私もぜひ見に行かせていただきます!


Binaさんの最新曲のMVはこちらになります!

また各種サブスクのダウンロードもこちらから可能です。

https://share.amuse.io/track/bina-natsu-kara

Vol.2では文化の違いや仕事観の違いをお話していただきました。こちらからどうぞ!

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